アダム・スミスの部屋

経済思想史・経済学史関連の情報庫ーアダム・スミスを中心にー

渋沢栄一とアダム・スミス

目次

はじめに

 この記事では、「日本資本主義の父」渋沢栄一が「経済学の父」アダム・スミスに言及していることを紹介する。

渋沢栄一

 生年1840年天保11年) 没年1931年(昭和6年) 享年92歳
 『論語と算盤』で有名な渋沢栄一。「日本資本主義の父」と呼ばれる人物である。何百もの企業および社会公共事業の設立に関わった。二度ノーベル平和賞の候補になったことがある。

 2024年度からの新一万円札の顔となることが決定したニュースを覚えている方も多いと思う。大河ドラマの放映も決まっており、現在ホットな人物である。

 渋沢栄一について簡潔に知りたければ、2020年12月にポプラ社から出た漫画が読みやすい。
幕末・維新人物伝 渋沢栄一|コミック版 日本の歴史|ポプラ社

渋沢栄一によるアダム・スミスへの言及

 そんな渋沢栄一アダム・スミスに言及している資料を偶々みつけた。場所は東京都北区にある渋沢史料館(アクセス|公益財団法人 渋沢栄一記念財団)である。

 渋沢は、ある講演で次のように述べていた。

「経済学の祖アダムスミスはグラスゴー大の倫理哲学教授で、同情主義の倫理学を起し、次で富国論を著はして近世経済学を起したと云ふことだが、利義合一は東西両洋に通ずる不易の原理であると信じます」*1

  「富国論」とは『国富論 An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations』、「同情主義の倫理学」とは『道徳感情The Theory of Moral Sentiments』のことであろう。

 この資料を見つけたとき、私は非常に嬉しかった。誤解され続けているスミス*2のことを、少なくとも「日本資本主義の父」は理解してくれていたからである。

渋沢栄一の道徳経済合一説

 渋沢は、スミスへの言及箇所のすぐあとに自身の「道徳経済合一説」に触れている。

私は学問も浅く能力も乏しいから其の為すことも甚だ微少であるが、唯仁義道徳と生産殖利とは全く合体するものであるといふことを確信し、且事実に於ても之を証拠立て得られる様に思ふのでありますが、是は決して今日になつて云ふのではありませぬ。第一自分の期念が真正の国家の隆盛を望むならば、国を富ますといふことを努めなければならぬ。国を富ますには科学を進めて商工業の活動に依らねばならぬ商工業に依るには如何しても合本組織が必要である。而して合本組織を以て会社を経営するには、完全にして鞏固なる道理に依らねばならぬ。既に道理に依るとすれば其標準を何に帰するか、之は孔夫子の遺訓を奉じて論語に依るの外はない。故に不肖ながら私は論語を以て事業を経営して見様、従来論語を講ずる学者が仁義道徳と生産殖利とを別物にしたのは誤謬である。必ず一諸になし得られるものである。斯う心に肯定して、数十年間経営しましたが、幸に大なる過失はなかつたと思ふのであります。然るに世の中が段々進歩するに随つて、社の事物も倍々発展する。但しそれに伴うて肝要なる道徳仁義といふものが共に進歩して行くかといふと、残念ながら否と答へざるを得ぬ。或る場合には反対に大に退歩したことが無きにしもあらずである。是は果して国家の慶事であらうか。凡そ国家は其臣民さへ富むなれば道徳は欠けても仁義は行はれずともよいとは誰も言ひ得まいと思ふ。蓋し其極度に至りては、遂に種々なる蹉跌を惹起するは、知者を俟たずして識るのである。而して其実例は東西両洋余りに多くて枚挙するの煩に堪へぬ。斯う考へて見ますと、今日私の論語主義の道徳経済合一説も、他日世の中に普及して社会をして玆に帰一せしむる様になるのであらうと、行末を期待するのであります。*3

 要するに渋沢は、自身が経営において論語から学び実践してきたこと(『論語と算盤』)と、スミスが言っていること(『道徳感情論』と『国富論』)を並べて「利義合一は東西両洋に通ずる不易の原理であると信じます」と述べたのである。*4

おわりに

 私は渋沢栄一アダム・スミスの接点を偶然見つけた。この偶然の発見を、まだ見ぬスミス好きの同志に共有すべく書き記した。

 俄然渋沢に関心を持った私だが、次に気になるのは以下のことである。これについては、何か進展があれば記事にしたい。

  1. 原文を読んだのか
  2. 1.がNoであれば、誰の訳本を読んだのか
  3. あるいは読まずに、誰かのスミス評伝を読んだのか

 

 余談:2021年2月から放送予定の大河ドラマ「青天を衝け」が非常に楽しみである。主演が吉沢亮さんなのも良い。

参考文献

*1:渋沢栄一伝記資料』第46巻p.360

*2:スミスに対する誤解を解きたい方は、[堂目2008]を参照されたい。併せて拙図解記事も紹介しておく。これは[堂目2008]を図解しようとしているものである。【読書図解】アダム・スミスー『道徳感情論』と『国富論』の世界ー

*3:渋沢栄一伝記資料』第46巻pp.360-361 強調下線筆者

*4:渋沢の経済思想については[中野2020]に詳しい。「水戸学のプラグマティズムを、近現代日本を支えた経済思想へと発展させた人物こそ、渋沢栄一であった」として考察している。